プロフィール
佐藤 温夏(さとう よしか)1972年生まれ 北海道出身
編集者、ライター
このたび、楢崎教子さんからご紹介いただいた編集者・ライターの佐藤温夏と申します。柔道を長く取材してきただけで競技経験はありませんが、これまでたくさんの出会いと経験をもたらしてくれた柔道に感謝を伝える機会になると考え、バトンを受け取りました。
楢﨑さんにはお互いまだ20代の頃から、大会取材やインタビューでお世話になってきました。常に深い思索のもと柔道をされていて、ここまで考えているのか! と取材のたびに驚いていたことをよく憶えています。また、指導者・研究者となられてからは、渡辺涼子さん(金沢学院大学)との共同研究をまとめた冊子『柔道家 17人のものがたり』の製作に携わらせていただきました。同い年とは思えぬ落ち着きとたおやかさをお持ちの楢﨑さん。尊敬する柔道家です。
さて、私と柔道との出会いは1998年の春、社会人3年目の終わりの人事異動がきっかけです。柔道専門誌『近代柔道』編集部への配置転換でした。学生時代はラクロスというマイナースポーツに明け暮れ、柔道とは無縁の生活を送っていた私にとって、この異動はおおげさでなく衝撃でした。柔道なんて全然知らない。格闘技の世界でやっていけるはずがない。まだ学生気分が抜けず、甘々な社会人だった私はその内示に絶望して、泣きました。お恥ずかしい限りです。でも、人生って本当にわかりません。このぬるい涙の乾かぬうちに、私は柔道にはまっていました。そこからかれこれ24年。独立し、フリーランスで活動する今も柔道を取材しつづけています。
なぜ、柔道にここまではまったのか。それは、柔道そのものの面白さもさることながら、取材で出会った皆さんがあまりにも魅力的だったからです。大会、インタビュー、道場訪問……。どんな取材先でも皆さんとにかく親切で人懐こく、ちょっと突き抜けているところのある人ばかり。そうした皆さんから語られる柔道は、それぞれに味わいがあって深淵で、興味が尽きることはありませんでした。
もちろん、こちらの不勉強が原因で失礼をしてしまったこともあれば、苦い経験をしたこともたくさんあります。でも、柔道の取材現場にはいつも特別な居心地の良さがあるのです。その理由を私なりに分析すると、おそらくそれは、互いを敬い、融和協調を修行の目的とする哲学が根底にあるから。柔道には、人と人とが関わりあって生まれるあらゆる化学反応を俯瞰して愉しむ、おおらかさがあるような気がします。厳しい勝負の向こうに、形のうつくしい動きの裏側に、そんなことをずっと感じてきました。
日本発祥の文化であり、世界との距離が近いのもまた柔道に惹かれつづけている理由です。
女子柔道の発展に大きく寄与し、2006年、その23年の歴史に幕を下ろした福岡国際女子柔道選手権大会は世界を身近に感じさせてくれた大会でした。毎年、師走に開催されていたこの大会はアットホームで温かい雰囲気に満ちていてどこかリラックスしたところがあり、来日した海外勢にじっくり話を聞くことのできる貴重な機会となっていました。
ある年、インタビューした2003 年世界選手権大会63kg級チャンピオンのダニエラ・クルコウェルさん(Daniela Krukower /アルゼンチン)とは話が弾み、短いながらも充実した取材となりました。そのインタビューが終わったあと、彼女が、記念に、とあるものを持ってきてくれました。それは、自ら調香したという香水。彼女は選手の傍ら調香師の仕事をしていて、遠征には自分でブレンドした香水をお守りとして必ず持って行くと話していました。彼女が持ってきてくれたのは、まぎれもなくそのお守りです。そんな大切なもの受け取れない、気持ちだけで十分うれしい。遠慮する私に彼女は、大好きな日本で柔道の話ができてうれしかった、どうか受け取ってほしい。そう言って、銀色のアトマイザーをそっと手渡してくれました。
柔道にはこんなふうにときに親密な時間をプレゼントしてくれます。柔道の持つ哲学が、人と人をつなげてくれます。少なくとも私はその恩恵に何度もあずかってきました。
たくさんの魅力と情熱に満ちた人たちとの出会いが、甘ったれだった私を今日まで連れてきてくれました。
これまでお世話になったすべての皆さまにお礼申しあげます。ありがとうございました。そして皆さま、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
次回は、取材を通じて知り合った鈴木なつ未さん(拓殖大学教員/全柔連医科学委員会特別委員)が登場します。