中東の砂漠の王国・サウジアラビア。イスラム教の聖地としても知られ、戒律は厳しく、女性は顔や髪、肌を見せてはいけない、自動車を運転はしてはいけない、など生活にさまざまな制限が課されてきました。この地で近年、女性の権利が徐々に拡大されています。その一つが、女性のスポーツで、柔道も女性に解放されました。運動経験のない女性たちに指導する、高田知穂さんを紹介します。
(協力:国際委員会)
<プロフィール> 高田知穂 たかだ・ちほ 1991年生まれ。熊本県出身。
6歳のとき、土谷道場にて柔道を始める。八代第三中学、阿蘇高校と進み、山梨学院大学に進学。主な戦歴は、全日本ジュニア体重別選手権ベスト8、全日本学生体重別選手権ベスト8など。大学卒業後は自衛隊体育学校に進み、今年6月、サウジアラビアへ渡った。現在、サウジアラビア柔道連盟の指導者として、キングサウード大学にて指導にあたっている。三段。
変わりつつある国の、エネルギッシュな女性たち
―― サウジアラビアで指導にあたることになったきっかけを教えてください。
「現役で柔道をやっていたときから、いつか海外で柔道を教えたいと思っておりました。女性のスポーツが解禁されたばかりのサウジアラビアで柔道指導ができるということを知り、他の国にはない新しい挑戦に魅力を感じ、サウジアラビアでの指導を決めました。柔道指導の話を聞いてからサウジのことを調べ、住むのがたいへんそうな国だなと思いました」
―― どのような点にそれを感じましたか?
「アラビア語はもちろん、英語もできなかったので、現地の人とコミュニケーションがとれるかどうか、その問題がまず一番にありました。またサウジにいる女性は全員アバヤ(女性が外出時に必ず着用する民族衣装。女性の体のラインを隠すようになっている)を着用しなければならなかったり、飲酒が禁止だったりなど日本での生活とは異なることが多く、やっていけるかどうかとても不安でした」
―― 現地に入るまでにどんな準備をしたか、教えてください。
「英会話教室に通う、少年柔道の練習に参加させてもらう、サウジの生活や社会のことなどを調べるなどして過ごしました」
―― 現地に入って最初に感じた印象は?
「とにかく暑かったです! 私が現地入りしたのは6月のはじめでしたが、日中の気温はなんと40度を超えていました。また男性はトーブという白い服、女性はアバヤで体を覆い、さらにヒジャブ(ヘッドスカーフ)、ニカーブ(目の部分のみがわずかに開いている、全身を覆うベール)で髪、顔を隠した黒ずくめの状態なので、かなり怖かったですね(苦笑)。でも、そんな外見に反して親切な人が多いので、毎日たいへんですが楽しく過ごしています。また、日本のアニメの人気がとても高く、日本語を喋るとすごく喜んでくれます」
―― 女性の置かれている状況が厳しい国といわれていますが、現在はいかがでしょう。
「これまでなかった娯楽施設がオープンしたり、女性の自動車運転が解禁されたり、21歳以上の女性が親や夫の許可なしで海外への渡航が可能になったり、と現在、サウジアラビアはいろんな方面で変わろうとしています。
私の個人的な意見ですが、女性が活躍できる舞台が増えているからか、エネルギッシュな女性が多いと感じています。制度や社会は変化していますが、その一方で、私生活を見るとやっぱり不自由そうです。どこへ行くにも全身を覆い隠したり、旅行などをするにも親や夫と一緒、外でスポーツやトレーニングもできません。〝女性はこうでなければいけない〟という考えが根強くあるような気がします」
国も宗教も異なる国で、互いに歩み寄り柔道を学ぶ
―― どのような指導をしているのでしょうか?
「登録選手は約100人で、大学内で柔道しているので9割が大学生です。一昨年からサウジ女性の学校での体育の授業が義務化されました。運動経験がない選手ばかりなので、体を動かすことや、柔道の楽しさを伝えられるよう指導に励んでいます。
また国も宗教も違うので、考え方が異なるのは当たり前のことです。お互いが歩み寄って柔道を学べる道場、環境にしたいと考えています」
―― 柔道によって、現地の女性たちはどのような変化があったと言っていますか?
「私も選手を見て感じていることですが、選手たちも筋力や柔軟性など体力が向上していると言っていました。また〝自信がついた〟〝ストレス発散になる〟という選手もいました」
―― 指導で心がけていることは?
「選手の立場になって考えるように心がけています。最初は〝なんでできないんだろう〟と思うことが多かったのですが、できないものはできないし、わからないものはわからないので、選手の立場になって焦らずしっかり指導するようにしています」
―― 課題についてはいかがですか?
「基礎体力不足です。回転運動や基本的な筋力トレーニングができない選手もいます。自分自身を追い込んで練習する選手も少ないので、トレーニングの工夫とメンタル面での指導の工夫が課題だと思っています。指導した選手が将来、指導者になってくれることがいまの目標です」