――指導のかたわら、ご自身も全米選手権で8度優勝。北京オリンピック金メダリストの石井慧さんとも2度試合をして勝っています。
のちに天理高校の黄金期を築かれた加藤秀雄先生が教員になって最初に旭川竜谷高校に赴任されたとき、「柔道とはこういうものだ」と身をもって示すために、打ち込みも腕立て伏せもすべて生徒と一緒にやったそうです。このエピソードが強く頭にあったので、私も生徒とともに練習を続けていましたし、大会に出たのも同じ理由からです。試合に向けた調整はこうするんだ、実際の試合はこうやるんだということを、生徒に見て学んでほしかった。背中を見せるために出たところ、結果として何回か優勝してしまったというだけです。もう12年にもなるのに、ロサンゼルス天理道場から世界的な選手がまだ出ていないのは、私の至らなさが原因。まだまだ指導者として白帯だと思っています。
――日本でやってきたことで助けになったことは?
やはり基本があることですね。アメリカでは、世界チャンピオンの技をそのまま真似するようなチームが多い。背中をガっと持って潜ったり体を捨てたり、いますぐできる技をすぐさまやるという感じ。しかし、うちは地道にコツコツと基礎を練習させる。生徒としてはこれで本当に勝てるのか、ずいぶん時間がかかるなあと不安を抱くかもしれないんですけど、これが実際に試合で効いたときの喜びはもう、格別ですね。テレビで観た技を一夜漬けでやってかかったというだけの喜びと、積み上げてきた基礎が実ったものは、その高みも、達成感もまったく違います。それは彼らにもはっきりわかりますから。
――言葉に不安はなかったですか?
高校生のとき、英語の先生に「僕は洋楽が好きでたくさん聞いています。でも意味はまったくわかりません。これを理解するようになるにはどうしたらいいですか?」と聞いたんですよ。答えは「アメリカで3か月生活したらわかるようになる」。私は、実際にアメリカに来て3か月経つまでずっとそれを信じていました。しかしそれは嘘でした(笑)。本当に、少しずつ、地道に覚えていきました。学習方法は「シャドーイング」。当初は柔道の指導だけが仕事だったので、朝1時間くらいランニングして、その間ずっと英会話のCDを聞いて覚えて、同じスピードで話せるようになるまでつぶやき続けるという感じでした。
――お仕事の話が出ましたので。日本酒の輸入販売ビジネスをなさっておられるんですよね?
日本酒の輸入会社に勤めています。実は日本酒は苦手だったのですが、この会社の方が入門してきて、飲ませてくださった地酒の旨さに衝撃を受けたんです。職人さんが手作りするもので、どれも美味しくて、それぞれに違う味わいがあり、違うストーリーがある。その話を聞きながら飲むのが実に楽しい。アメリカで本物の日本を発見したという格好ですね。そうこうするうちに「うちで働きませんか」と誘ってくれたんです。彼は道場では生徒、会社では上司です。アメリカでも、日本酒はとても評判がいいですよ!