――4か国で指導されたなかで、共通して役に立ったことは?
ラグビーのエディ・ジョーンズさんは監督に赴任する前に、日本の国民性を知ろうと勉強したそうですが、事前に言語と生活文化、特に宗教を勉強しておくことは凄く役に立ちました。「アッラーのことをよくわかっている!」と彼らが心を開いてくれましたし、どの国でも生活習慣上の意外なタブーがあり、これをあらかじめ知って振る舞うことは、溶け込む上でかなり大事だと感じました。言葉も、現地の言語で話すと、より信頼感を得られます。特にカザフスタンはいま国策として、社会を旧ソビエト時代のロシア語からカザフ語中心に改めつつあるという民族的な事情があるんですね。そんな中、カザフ語でコミュニケーションを取ることで得られるものは結構大きい。実はこの10年間もっと英語を勉強したいと思っているのですが、実際はベンガル語、ビルマ語、北京語、カザフ語と、任地のローカルな言葉をひたすら覚え続けることになっていて、ちょっと複雑な気持ちです(笑)。
――異なる文化背景や競技レベルの指導で、大事なことは?
まず人間関係。こちらが信じることで相手に信頼してもらうというスタンスを持つこと。あとは、どの国でも、表面上求めていることと本当にやってほしいことは結構違います。簡単に言って「柔道を通じて日本の精神を教えてくれ」と言っていても、実は「スペシャルテクニックを教えてほしい」と思っていたりするわけです。ですから、本当に自分が教えたいことがあるのなら、まず現地に溶け込んで、信頼を得る土台作りから始めたほうがいい。あとは、柔軟な考えですね。できることをやると割り切ることも大事です。今年はコロナ禍で、カザフスタンのナショナルチームとしての活動はここまで20日間のみ。私も焦りはありますが、選手もコーチも「無理なものは無理だ」「これはアッラーの意思だ」「次にできるときに頑張ろう」とポジティブです。これには私も教えられました。
――千原先生の、「本当に教えたいこと」とは?
ひとことで言うと、強さや影響力に見合った人間性を身に着けてほしいということです。指導者として必要な知識は、頑張れば誰でもある程度身に着けられますし、スペシャリストを呼んでくれば自分ができない技術を教えることもできる。では指導者というものの本質的な条件とは何だろうと考えるなかで、辿り着いたのはこの部分です。タイミングよく言葉を掛けたり、話し合ったり、柔道以外の部分をきちんと見てあげることで、強さに見合った人間性を身に着けてもらう。影響力が増すことの怖さと価値を理解してもらう。そういうことが大事だと思っています。