執筆:島根県立大学 西村健一准教授
(ユニバーサル柔道アカデミー島根 アドバイザー 島根県立大学特別支援教育学研究室 )
近年、全日本柔道連盟は「柔道 for ALL」というテーマを掲げ、障害の有無にかかわらずすべての人が柔道を通じて輝ける機会を積極的に作っています。例えば、2019年12月に東京で「第2回全日本ID(知的障がい者)柔道大会」が開催され、知的障害のある人が熱い試合を繰り広げました。また、2020年(延期決定)に開催される東京オリンピック・パラリンピックでは、視覚障害者の柔道競技が開催されます。
最近では、「発達障害×柔道」の取り組みにも注目が集まってきました。発達障害は、ASD(自閉スペクトラム症)、SLD(限局性学習症)、ADHD(注意欠如・多動症)などの子どもたちのことであり、小・中学校の通常のクラスに約6.5%在籍しているといわれています。併せて、とても不器用な子どもたち(発達性協調運動症)も知られてきました。発達障害のある子どもが柔道を習うと「タイミングよく受け身ができない」「ズボンのひもが結べない」「指導者の話を聞かない」「何度教えても技が覚えられない」という姿になりがちです。しかし、これまで発達障害のある子どもにどのような指導をしたらよいか分かっていませんでした。
そこで、私はNPO「judo3.0」の活動を通して「発達障害のある子どもへの柔道指導法」ワークショップを行っています。内容は、参加者のニーズを把握したうえで、発達障害の理解、効果的な指導法、体の動かし方などを終日行います。2019年度は新潟県、広島県、兵庫県、東京都、愛媛県、鹿児島県、北海道、三重県、宮城県でワークショップを開催しました。ワークショップの参加者からは「柔道の可能性を感じた」「柔道を辞めてしまった子どもの顔が浮かんできた」「昭和の柔道指導法を変えていく必要性を感じた」などの熱い感想が多く聞かれています。
島根県では知的障害者を対象としたスペシャルオリンピックス柔道プログラムが、松江市、出雲市、江津市、浜田市で盛んに行われています。一つの県でこれだけ多くの柔道プログラムが開催されているのは、全国的にも貴重であり誇れることです。また、出雲市では2016年11月より「ユニバーサル柔道アカデミー島根」の活動が始まりました。
これは、誰もが柔道に親しめる環境(柔道のユニバーサルデザイン化)を目指しながら、様々な分野とのコラボレーションにより、親子の健やかな成長をサポートしていこうというものです。島根県立大学松江キャンパスの研究者や学生も趣旨に賛同し、音楽を取り入れた活動などを一緒に取り組んでいます。
これからの柔道は、「競技面の強化」だけでなく「人づくり人間教育の更なる充実」が求められています。全日本柔道連盟の田中裕之先生は、日本柔道の現状として「試合での勝利=柔道の価値、という誤った勝利至上主義が跋扈(ばっこ)する悲しい現実」があるとしたうえで、「柔道指導者には子ども達一人ひとりの課題に正対し、「精力善用・自他共栄」の実現に向け、個に応じた指導を行うことが求められている」と言われています。
柔道の「勝ち」だけが「価値」ではありません。「精力善用・自他共栄」の実現に向け、だれもが楽しめる柔道に関わってみてはいかがでしょうか?
参考
・公益財団法人全日本柔道連盟ホームページ:会長挨拶(山下泰裕先生)「子どもたちが憧れる柔道界を目指して」(https://www.judo.or.jp/aboutus 2019/12/26確認)
・ユニバーサル柔道アカデミー島根(https://uniju.org/ 2019/12/26確認)
・田中裕之(2018)、柔道を「続けよう」「始めよう」、月刊「武道」(2018年12月)