まいんど vol.43 全日本柔道連盟
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第32回▲写真1:アジア第3位を誇る南洋理工大学(筆者撮影)教育普及・MIND委員会 教育普及部会 文/曽我部晋哉(甲南大学 教授) ▲写真2:日本人コーチを招聘しての強化練習(筆者撮影) 教育普及・MIND委員会では、日本の柔道教育普及活動をより充実させるために、各国連盟の協力のもと、世界の柔道最新事情や取り組みについての調査・報告をしております。シンガポールは、日本が失われた20年(バブル崩壊以降)と揶揄されるこの時期に急速な発展を遂げた国であり、世界で最も注目される国の一つです。世界競争力ではアジアトップと言われるシンガポールにおいて、柔道やスポーツはどのような立ち位置なのか、話をうかがってきました。 シンガポールと聞いてまず頭に浮かぶのが、マーライオン。そして、東京23区ほどの面積の小さな国、赤道直下の常夏の国、といったイメージだろうか。最近では、学力世界一という面で注目されている点も忘れてはいけない(PISA世界学力テスト,2024)。毎年、スイスのIMDが発表する世界競争力ランキングでは第1位(ちなみに日本は38位)、また世界の大学を総合的に評価するQS世界大学ランキングでは国立シンガポール大学がアジアでトップ、南洋理工大学(写真1)は第3位(ちなみに東京大学はアジアで14位)と、経済のみならずアジアの研究、教育面を牽引する国でもあるのだ。近年、日本でも我が子の教育のために海外移住する家庭も増えており、その選択肢の一つに挙げられるのがシンガポール。ここで気になるのが、子どもの教育にスポーツはどのような役割を担っているのか、そもそも柔道はどれぐらい普及しているのか? といったことだ。 簡単にシンガポールの歴史と政策を紐解いてみる。シンガポびイギリスの統治下におかれたが、1963年にはマレーシアの一州として独立した。そして、今からちょうど60年前となる1965年にマレーシアからも独立し、シンガポールとなったのだ。 さて、資源も少なく国土も狭いシンガポールだが、国が最も力を入れているのが人の育成だ。人材ではなく人財と呼ばれるほど唯一の資源である「人」をいかに育成しているか、その独自性は非常に興味深いものである。教育システムの中で他国と最も異なる点を一つ挙げるとすると、小学校卒業時に全国統一ールは、1824年にイギリスの植民地となって繁栄を遂げたものの、第二次世界大戦により1942年~1945年まで日本軍の軍政下におかれ「昭南島」と名付けられた。戦後、再の初等学校修了試験(PSLE: Primary School Leaving Examination)を受けなければならないことだ。その成績順に、中学校4年制コース(エクスプレス)、中学校5年生コース(ノーマルアカデミック)、中学校5年技術コース(ノーマルテクニカル)に振り分けられる。もちろん、ここでの成績が将来をすべて決定する訳ではないにしろ、人生設計、進路にかなりの影響力をもたらすことは間違いない。この国はまさに「教育至上主義」で、社会全体として教育が最も大切であるとの共通認識が横たわっている。そのような価値観が根底にあるため、特に幼少期においては、柔道のみならずスポーツで勝利することに対するプライオリティー(優先順位)は明らかに低い。 ナショナルチームの合同練習を取材した時、参加者の一人だった大学生Hamada Takahiroさんに話をうかがった(写真2)。彼は、生まれも育ちもシンガポールで、現在シンガポール国立大学で航空宇宙工学を専攻しながら柔道クラブでも活動しているという。「僕が柔道を始めたのは16歳から。幼少期から本格的にスポーツをやる人はあまり多くない。この国では小さい頃から塾に通うのは当たり前のこと」と話す。 一方で、特筆すべきは、すべての国立大学とポリテク(大学進学をしない高等専門学校)に柔道クラブが存在するということだ。昨今の日本の現状と比べても、「すべて」に柔道クラブがあるのは興味深い。さらに、インターナショナルスクールでも柔道の授業が行われているという。これから世界で活躍するようなエリート集団を育てるプロセスに柔道が組み込まれている点は見逃せない。人材教育の一環で、柔道にどんな魅力を見出していて、今後の将来展望はどうなっていくのか。次号では、シンガポールの柔道連盟の取り組みを実情とともに紹介したい。アジアを代表する経済・教育大国シンガポールの柔道事情を探る!

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