31回目 教育普及・MIND委員会では、日本の柔道教育普及活動をより充実させるために、各国連盟の協力のもと、世界の柔道最新事情や取り組みについての調査・報告をしております。アメリカではアメフトのように世界ではマイナー競技であっても米国内では独自に人気があるスポーツもあります。柔術もその一つ。柔道よりも柔術の知名度が勝っています。しかし、今回、米国で長年地道に頑張っている指導者の生き方のなかに、明らかに柔道にプライドを持っている姿勢を感じました。 柔道と柔術の違いは、柔道には立技(投技)と寝技(固技)があるが、柔術は寝技の攻防である、というのが一般的な解釈だ。米国で普及しているのはブラジリアン柔術(BJJ)と呼ばれるもので、総合格闘技で利用される寝技の手法である。この柔術は、Face Bookの創始者のマーク・ザッカーバーグが心酔していることでも有名であり、セレブにも人気のある護身術も兼ねたエクササイズである。アメリカの柔道の連盟は3つ(USJA, USJF, USA Judo)あるため正式な柔道登録人口は把握しにくいのだが、おおよそ1万5千人。一方柔術は、50~100万人(BJJ Statistics)とも言われている。かつて米国のKansas大学で柔道部の監督をしていた頃、ある柔道部学生に「柔道を始めたきっかけは何なの?」と聞いたことがあった。その学生は「柔術と柔道を間違えた(笑)」と言っていたのを思い出す。柔術のほうが明らかにメジャーなのだ。 2024年9月16日、アメリカのコロラド南西部にある小さな町Mancosを訪れた。この町は13世紀に造られたネイティブアメリカンの居住地メサ・ヴェルデ遺跡の目と鼻の先だ。この周辺は、ネイティブアメリカンのリザベーション(国から彼らが住むために用意された土地)が多く、今もなお先住民が継承した文化が色濃く残る。教育普及・MIND委員会 教育普及部会 文/曽我部晋哉(甲南大学 教授) ▲メサ・ヴェルデ遺跡 さて、その小さな街で長年“HachiSakura Judo Club”の道場を運営しているのがJack M Varcados氏だ。最初に柔道を始めた場所はテキサスで、1980年代の柔道は今以上に人気があったという。今の道場では、子どもから大人まで10名~20名が練習している。仕事の合間を縫って、数名のコーチで指導しているそうだ。アメリカの柔術の指導者が高額の指導料でジムを運営しているのだが、ここではすべて無料で柔道を教えている。訪問した日に、ちょうど昇級セレモニーが行われた。「日本では正式な昇級セレモニーの方法はあるのか?」と尋ねられたが、そういえば、日本で統一された方法はない。▲昇級式の様子 アメリカの道場であってもなぜか居心地が良いのは、全員が先生の教えを守り、そして道場生が日本にいるかのように礼儀が正しいからだ。おそらく、Jack氏が10歳で柔道を始めた時に、同じように先生から教わったのだと思う。 柔術と柔道の明確な違いは明らかだ。柔道はその稽古を通じて世の中に貢献できる人材輩出を目的としているのに対して、柔術は寝技の技法を競い合うことだ。教育に力を注ぐ柔道の指導者は、高額なお金を払ってまでスポーツができない子どもたちにも門戸を広げ、社会貢献に情熱を注いでいるのだ。そこで、学びを受けた子どもたちが大人になった時に、今度は子どもたち世代に教えを継承していく。こうして今日の柔道がある。Jack先生は「試合にはもう出場できないが、もっと柔道を学び自分自身も研鑽しながら、柔道の発展に貢献したい」と夢を語る。違う大陸でも同じ魂を柔道家に感じられるのは、自他共栄の精神が国境を越え、時間をかけて脈々と受け継がれているからではないだろうか。●HachiSakura Judo Club https://www.hachisakuraJudo.org/アメリカで人気のある「柔術」それでも「柔道」でなければならない理由とは?
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