まいんど vol.39 全日本柔道連盟
11/48

ジレンマを紐解いてみるスポーツの成功を柔道の成功に置き換えるrate practicebe さなければならない責任を強く感じています。しかし、革新的なシステムが優れたタレント候補を失ってしまうというジレンマを解消できなければ、日本の柔道は多くのものを失うことになると考えています。前回の議論では、さらに一歩踏み込んで、スポーツ離れの要因として「早期専門化」と「勝利至上主義」の問題を考察しました。早期専門化は、早期に特定の競技に特化させることをいいます。エリクソンの発表した「意図的練習(deli質よりも練習の積み重ね」が成功に繋が)」理論が、多くの分野で「素るという、ある種のイデオロギー的な考えを生み出し、早期専門化を助長しました。日本では、現在でもメディアやSNSで、天才スポーツ少年・少女と称したり、子どもたちのスポーツの才能を過度に称賛したりすることがみられ、早期専門化の傾向を強めていると感じます。早期専門化がすべての競技にとって悪ではありませんが、この傾向によって子どもたちは早い段階から激しい競争に晒されることになります。指導者や保護者などの大人たちが子どもの競技成績に過度に焦点を当てると、子どもたちに不適切な心理的負担をかけ、身体的負荷の増大にも拍車がかかり、バーンアウトを引き起こす可能性が高まります。また、晩成型の子どもたちは自身の能力を見出せずドロップアウトしていくことになります。指導者や保護者が、発育発達段階や個々人の競技発達レベルを正しく理解できなければ、基礎的なスポーツスキルを発達させるための最適な機会を失うことになります。同時に、勝利至上主義の問題も顕在化します。勝利至上主義の根本的な問題は勝利そのものではなく、勝利を得る過程での倫理的な問題や、勝利によって得られる外在的な報酬(金銭的利益、社会的評価など)の過度な追求にあります。特に、外在的な報酬の目的化は、内発的な動機付けの喪失を招くことがわかっています。このような問題がある中での伝統的なパスウェイでは、子どもたちが適切な指導を受けられないリスクがあります。例えば、「偶然」に経験則のみに頼った指導者と出会ってしまい、子どもたちを褒めたり励ましたり視野を広げたりすることなく、強制や罰を用いたアプローチをとる場合、子どもたちが意欲を失うだけでなく、潜在的な成功の可能性を潰してしまうことが容易に想像できます。このような問題は、指導者だけでなく保護者の影響も大きいため、科学的根拠に基づいた指導方法の普及とアントラージュ(柔道実践の有無に関わらず周囲から支える人)への教育機会も非常に重要です。長期育成指針を深く理解するため、柔    単なる技術や試合の勝敗を超え「心身の道における革新的なパスウェイの本質をさらに掘り下げる必要があります。以前に述べたように、革新的なパスウェイは「スポーツの成功における偶発的要素の最小化」に基づいていますが、この考え方を柔道の文脈で具体化することが重要です。では、柔道の成功とは何でしょうか? この問いに答えるためには、まず柔道が何であるかを深く理解する必要があります。多くの方々がスポーツと柔道を混同しているのは、柔道の学ぶ意義への理解が欠如しているためです。柔道は力を最も有効に使用する道」として定義されます。柔道修行の究竟の目的は、「己を完成し、世を補益する」ことにあります。パフォーマンススポーツとしてのトレーニングや試合、武道としての稽古は、生涯を通じて成長し続ける手段として重要であり、精力(心身の活動力)をよく養い、それを社会に貢献できるように運用発揮することが柔道の成功と考えられます。この文脈で、勝利至上主義の倫理的な問題を再び考えることが必要です。パフォーマンススポーツの勝利(国際的な成功)を優先するあまりに、ドーピングのような不正行為や、予選での故意の敗北、ライバル選手への意図的な傷害(ケガをさせる)など、ルールの抜け穴を利用する行為(違反でないように振る舞うこと)が見られます。これらは、「勝つためにはどんな手段も正当化される」という危険な思想を反映しており、ときに大人が子どもたちにこれらの行動を促すケースもあります。このような問題について、嘉納はすでに予見をしていました。彼が提唱した「順道制勝」という概念は、勝利の本質を深く捉えています。彼は「勝つにしても道に順(したが)って勝ち、負けるにしても道に順って負けなければならぬ。負けても道に順って負ければ、道に背いて勝ったより価値がある」と述べています。これは、勝利を追求する過程での倫理性や道徳性を重視し、方法と結果の両方に価値を置くべきだという考えを示しています。この考え方は、勝利至上主義に対する重要な反論となり、現代スポーツにおいても非常に意味深い指針を提供しています。この言葉からもわかるように、柔道はすでに現代のスポーツ界でみられる勝利至上主義の問題を対処するため、勝利を得る手段に道徳的・倫理的な枠組みを設けています。特に子どもたちが関わる現場では、勝利だけで10▲東京オリンピックの個人戦で9つの金メダルを獲得した日本。しかし、オリンピックなどの国際大会での成功は競技人口の増加に直結しない現実があるまいんど vol.39

元のページ  ../index.html#11

このブックを見る