トンスランス感染症の予防
「柔道選手のトリコフィトン・トンスランス感染症」知っておこう!~その治療と予防法~
2001年より全国の柔道やレスリング選手を中心にTrichophyton tonsurans(トリコフィトン・トンスランス)という皮膚真菌症<タムシ>の感染例が増加しています。この菌は外国から持ち込まれた新しい感染症でしたが、その特徴や治療法、予防法についてほぼ明らかになってきました。正しく理解して治療すればこわい病気ではありませんが、放置すると、競技者はもちろん、友人や家族にも感染する可能性があります。2016年の調査では本感染症が再び流行の気配をみせています。また、治療しないままに練習や試合に出場している事例も多く報告され、本感染症に対する選手や指導者、父兄の姿勢が問われています。現在、全日本柔道連盟主催大会を始め、多くの大会の出場規定にはトンズランス感染者の出場可否に関する事項が明記されており(取扱いに関しては大会主催事務局などに問い合わせください)、努力の成果を大会で発揮できなくなる可能性があります。
みんなの力で撲滅を目指しましょう!
Q.どんな病気なのですか?
2白癬菌はヒトの角質層(アカ)・毛・ツメなどに含まれるタンパクを食べて生存します。過去にも格闘競技選手間では水虫、タムシなどの流行がありましたが、このT.tonsurans菌は2001年頃から日本全国の柔道部員に集団感染の症例が多く見られるようになりました。この菌の症状は以下の2種類に大別されます。(最初はあまり目立たず、見逃されていることが多い。)
- ①体部白癬(写真1・2)
- 発疹は柔道着で擦れる顔、首、上半身に多く認められ、小豆大~爪甲(いわゆる爪)大の鱗屑(角層がフケのようにはがれ掛かった状態)を伴う紅斑(ピンク色)となります。治ってくると環状となり、自然に症状が無くなるケースもあります。主に塗り薬での治療となります。
- ②頭部白癬(写真3)
- フケやかさぶたができる程度の軽い症状から、頭皮から膿みが出て脱毛を生じる症状(ケルスス禿蒼)まであります。特に低年齢層の患者が重症になり易く、注意が必要です。症状が無くても菌が毛穴の中に入ってしまうと、友人や家族間での感染源になります。飲み薬での治療となります。
Q.治療はどのようにすれば良いですか?
T.tonsurans菌は、一度、皮膚や毛に取り付くと、簡単には治らず、そのまま体内に菌が残ってしまうことがあります。専門医(皮膚科)を受診し、根気よく治療を続けて下さい。(治療は、症状や患者の体重などで個人差があります。必ず専門医の指示に従って治療して下さい。)
- 1.体部白癬の場合
- 早期治療が大切で、放置すると菌が頭髪に侵入します。診察時には、医師に「柔道をやっている。」と申告して下さい。専門医でも単なる湿疹と誤診してステロイド剤を処方し、重症化するケースもあります。
- 【塗り薬の使用】
- 専門医(皮膚科)で、塗り薬を処方された場合です。
- 1日2回程度、広めに薄くのばして塗って下さい。
- 1ヶ月間、塗り続けて下さい。(症状が消失しても、最低1ヶ月間続けて下さい。やめると再発することが多いです。)
- 患部は石鹸でよく洗い、清潔に保って下さい。患部を掻かないようにして下さい。
- 塗り薬は3%程度の割合でかぶれの副作用があります。悪化した場合はすぐに専門医の診察を受けて下さい。
- 2.頭部白癬の場合
- 【飲み薬の使用】
- 専門医(皮膚科)から処方された飲み薬での治療となります。具体的な薬量・処方などは医師の指示に従って下さい。
- イトリゾール、塩酸テルビナフィンなどの成分が含まれた薬を服用します。
- 内服中に異常を感じた場合は、すぐに中断して医師の診察を受けて下さい。
Q.柔道部内で集団感染した場合はどのようにすれば良いですか?
柔道部員の中に数名の感染者が見つかったら、集団感染の可能性が高いです。監督やコーチに相談し、クラブ全体で治療と予防に努めてください。
- 【ブラシ培養検査】
- 頭がT.tonsurans菌に感染している部員を確認する方法は、全員がシャンプーブラシ(写真4)で頭皮を強くブラッシングし、培養して菌の有無を調べます。この検査は症状が無い感染者の確認にも有効です。
- 菌量の多い感染者の場合には、飲み薬での治療が必要になります。
- 菌量の少ない感染者の場合には、殺菌効果のある薬用シャンプー(薬局で購入できます。)の使用で様子を見て下さい。
*ブラシ検査については、近隣の専門医(皮膚科)にお問い合わせ下さい。
Q.予防はどのようにすれば良いですか?
T.tonsurans菌の感染経路は、そのほとんどが、体の接触が原因とされていますが、その他には、衣類やタオル、寝具類を共有することからの感染も考えられます。集団感染を防止するには、自分の身体や道場、部屋などをいつも清潔に保ちましょう。
- 練習直後にシャワーや入浴をし、頭や身体を石鹸で洗いましょう。他の白癬菌に比べ、T.tonsurans菌の体内への侵入速度は速く、傷口からだと、通常の約2倍の速さで侵入します。
- 入浴施設のない場合は、水道を利用して頭を洗浄し、濡れタオルで全身を拭いて下さい。
- 柔道着は必ず洗濯しましょう。柔道着には菌が付着してしまいます。
- 練習前後には道場をよく掃除しましょう。菌は抜け毛やアカのなかで半年間も生存します。電気掃除機の使用を勧めます。自分の部屋も清潔にしましょう。
- 部員同士で帽子やシャツ、タオルなどの貸し借り(共用)は、やめましょう。
- 部員内、家族内に症状のある人がいたら、早めに治療するように勧めましょう。
- 練習前後に友人同士でボディチェックをし、皮疹のある者は休ませましょう。
指導者の方々へ・・・
T.tonsurans感染症は、治療と予防をしっかりとやれば、怖い病気ではないことが理解されてきています。ところが、治療にあたった医師が患者に通院するよう言っても、「監督に聞いてから・・・」と答えて、再受診しないケースが非常に多いそうです。
指導者に問い合わせると、「試合が近いから暇がない・・・。」「うちのチームだけ治療してもしょうがない・・・。」などと通院や治療に消極的な答えが多いそうです。また、皮膚科専門医を受診せず、市販の外用剤のみ使用してテーピングなどで隠して合同練習や試合に参加させている指導者が多いそうです。大会出場に関わる内容については各大会事務局に問い合わせる必要がありますが、感染している生徒を練習や合同稽古会などに参加させることは教育者としての資質を問われることになります。
指導者の方々、どうか、撲滅に向けた「前向きの姿勢」を切にお願いします。柔道の試合や練習による感染拡大は明らかであり、柔道界や我々柔道家は自分たちでT.tonsurans感染症に立ち向かう責任があると思います。
文/廣瀬伸良<全柔連医科学委員会特別委員・順天堂大学大学院 教授>