――指導されている「ロサンゼルス天理道場」をご紹介ください。
中山正善先生(天理教2代目真柱)が、教会のなかに作られた道場です。いまも天理大学の柔道部が中心になって指導の襷を繋いでいます。場所は、ロサンゼルスのダウンタウンから東に10分くらいのところ。下は7歳から、上は80歳のおじいちゃんまで元気に練習しています。会社帰りに道場に寄って汗を流して、練習して、稽古仲間と「つかれたなー」としゃべって帰る。そういう生徒が多いですね。かつては5歳から受け入れていましたが、道場が77畳しかなく、入りきれなくなってしまったので少し制限をかけました。
――活気がありますね! アメリカの競技人口などは、いかがでしょう?
あまり人気がないんです。トラビス・スティーブンスらオリンピックのメダリストも柔道界のなかでしか知られていない。ロンダ・ラウジーはMMAに転向して活躍したので名前自体は広まりましたけど、あとを追って柔道を始める人がいた期間はほんの少し。なかなかメジャーになれません。いまのアメリカは柔術の存在感が凄い。どこに行っても道場があって、月謝が200ドル近く、それで何百人も生徒がいる。有名なArt of jiu-jitsuというアカデミーでは、世界チャンピオンの兄弟が、畳も壁も真っ白で、アートを飾ったりして凄くお洒落な道場を作っています。彼らの、綺麗な道場で柔術をして、そのあとサーフィンをするというスタイリッシュなライフスタイルに憧れる生徒がたくさん集まっているわけです。一方の柔道は、やるべき練習を淡々とやるというのが見た目。柔術に比べると射程の長い生き方を提示していると思うのですが、ストレートには理解されにくい。時代の流れに沿った、一般の人の興味をひくようなやり方もあっていいのかなと思います。
――指導していて、日本との違いを感じることは?
やる以上は世界チャンピオンを目指すのが当然という前提で指導を始めたのですが、日本と違ってそういう意識の高い子はなかなかいません。「いとこの誕生日パーティーがあるので休みます」とか「来週テスト期間なので明日から来られません」とかが当たり前。私は「1日休んだら取り戻すのに3日かかる」という考えのもとで育ってきたので、凄く違和感がありました。でも、家族や勉強、生活を大切にすることが大事だということもわかってきた。毎日激しい稽古をやって限界まで追い込むことも考えたんですけど、たとえばNBAやNFLの選手は休むべき期間は休んで、その上でハイシーズンには最高のパフォーマンスを見せている。そう考えるうちに、あえて柔道をやらない時間を持てば、精神的にリフレッシュしたり、家族の時間が増えてサポートが得られたりするのかもしれない、と思い至る。こういうことの繰り返しです。私はつまり、自分のなかにある「日本の柔道」を単に押し付けていたんですね。もちろん絶対に譲ってはならない大事なものはありますが、いまは、自分の学んできたこととアメリカの生活習慣や文化を融合させて、新しい指導のあり方を模索しています。世界チャンピオンを育てることが目標ですが、それは私が押し付けるのではなく、自らチャンピオンになりたいという意志を持つ子をサポートすることであるべき。「勝つ」という部分も柔道の大きな魅力であることは間違いないので、環境や世代にあった指導方法を考えて、勝ちたいという気持ちをより強く抱けるように工夫しています。